イギリス政府は4月12日、緊急立法を実施し、中国の敬業集団(Jingye Group)が所有するブリティッシュ・スチール(British Steel)社の日常的な運営権を接収した。この措置は、同社がイングランド北部スケンソープに保有する、国内で唯一、原材料から製鉄が可能な2基の高炉の操業停止を防ぐために講じられたものであり、国家の戦略的製造能力を守るための重要な対応と位置づけられている。
同日、スターマー英首相は、異例にもイースター休暇中に議会を召集した。これは、第二次世界大戦以降、イースター休暇中に議会が開催されたのはわずか6回目である。法案は与党および一部野党の支持を受け、上下両院を迅速に通過し、チャールズ国王の裁可を得て法制化した。
新法に基づき、レイノルズビジネス・貿易大臣に、企業の運営全般を指導する権限を付与した。政府はこれにより、約3千人の労働者の給与支払いを確保するとともに、高炉の操業に必要な鉄鉱石ペレットやコークス炭(製鉄用の高温燃料)などの原材料調達を継続する方針である。
中国資本による買収と厳しい経営環境
かつて国営企業だったブリティッシュ・スチール社は、2019年の破綻後、2020年に中国の敬業集団に買収され、約12億ポンド(約1560億円)を投じた再建計画が進行していた。しかし、エネルギー価格や環境対策コストの高騰により、1日あたり70万ポンド(約1億2600万円)の赤字が続く経営危機に陥った。さらに、トランプ政権による鉄鋼関税(25%)の影響も相まって、事業環境は一層厳しくなっている。
今年3月末、敬業集団はスケンサープの高炉閉鎖を発表し、その直後、原材料の調達も打ち切った。これを受け、イギリス政府は、高炉が一度停止すると再稼働には多額のコストと高度な技術が必要となり、イギリスが将来的に原材料から製鉄する能力を永久に失うおそれがあると懸念した。
もし高炉が完全に停止すれば、イギリスはG7の中で唯一、鉄鉱石から直接製鉄する能力を欠く国となり、建設・運輸・防衛など幅広い産業に深刻な影響を及ぼす。そのため、国家の戦略的産業基盤維持の観点から、本措置は喫緊の課題と位置付けられた。
政府支援案を敬業集団が拒否 政府介入の必要性を強調
政府はこれまで、総額5億ポンド(約900億円)の支援策を提案し、低炭素化を図るための電炉製鋼への転換支援や原料補助金の提供を申し出た。しかし、敬業集団は「ビジネスモデルが持続不可能」としてこれを拒否。
レイノルズ氏は、「我々は誠意を持って大規模な支援を提示したが、敬業側の資金要求は常識を超えていた。結果として政府が断固として介入せざるを得なかった」と説明し、将来的には企業の全面的な国有化の可能性も示唆した。
国家利益としての製鉄能力 納税者負担とのバランスを図る
工場の継続運営には納税者の負担増リスクも伴うが、レイノルズ氏は「原材料から鉄鋼を自前で生産する能力は国家の安全保障と産業基盤を支える根幹であり、イギリスにとって極めて重要な国家利益である」と述べた。スターマー政権は2024年7月の発足以来、空港・鉄道・住宅建設といった大規模インフラ整備を政権の柱とし、今後の鉄鋼需要拡大を見据え、国内での原鋼生産能力の維持を最優先の戦略資産として位置づけている。
なお、敬業集団は依然としてブリティッシュ・スチール社の所有権を保持しているが今後、経営への関与や新法違反があれば、法的措置が講じられる可能性があると政府は警告している。
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